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2011年 03月 23日
東日本大震災補給活動報告

 震災から12日が経過し、沿岸津波被災地の避難所を回っていても、日に日に不足物資は生き物のように変化しているのを感じます。味噌も避難所向けの業務用タルではなく、各家庭や個人レベルでの個包装が不足。ペーパーや電池だったり、そして何より被災地でもガソリンが足りない。

東北道の給油所も渋滞しています

 当初、真暗な夜の避難所、水も食料もない避難所からすると、生命維持に必要な最低限の物資の不足から、活動に必要な物資の不足に変わってきたことも意味すると思う。

人々の復興へ向けての活動が始まっています。外には瓦礫をかき分ける男たち。営業冷蔵庫の温度が上がる前に復旧させようと頑張る男たち。携帯電話会社やJRの復旧作業車。

被災地の復旧作業1



被災地の復旧作業2



被災地の復旧作業3



被災地の復旧作業4



被災地の復旧作業5


 
この地域の生活やかけがえのない財産を守るためみんな必死なのだ。

先日、自衛隊、消防隊のテントが整列して幕営されているのを見て、頭が下がった。学生時代は一カ月の規律あるテント生活にも耐えられたが、今の自分はどうだろう?お腹周りも気になる、甘えた生活をしていないか。

男には『男スイッチ』みたいなものがあるのだと思う。非常事態でも冷静になり、危険に立ち向かう勇気と判断力が下りてくる。女性は子供の命と安全を守るために必要とされ、男は女性や子供たち、コミュニティの未来を守るために必要とされているのではなかろうか。

被災地にはそんな『男スイッチ』が入り、リミッターが切れた男たちがいっぱいいて、余震が続く中、復旧作業に昼夜一生懸命だ。テレビの中でもコミュニティを守るためもっと命がけで活動にあたっている人たちが毎日映されている。

『男スイッチ』は連鎖するように思う。テント生活で昼夜復旧にあたる自衛官を見て、僕も頑張らなきゃと思ったように、『あいつが頑張っているなら俺も手伝おう』という気持ちがひしめいている。

先日宮古に行った従弟もお客様の工場の泥かきを手伝うため、泊まり込みで大船渡へ向かった。被災地のガソリン不足を伝えると先輩たちがスタンドに並び、夜を徹して運搬してくれた。ささやかなミッションがつながって復旧への大きなうねりになってきているのを感じる。また、そのような気持ちのつながりが単純にうれしいものだ。

学生時代、山登りをしていて、自然の力には敵わないと思わされてきたが、今回、改めてその凄まじさが目に焼きついた。

それと同時に、人が生きる力って本当にすごいと感じさせられた。

まるで社会全体が生き物で、大やけどをした患部に包帯を巻き、庇うようにして治療をし、その回復を待っているかのようだ。

良くも悪くも事実として時間は前にしか進まない。被災地では個々には傷が深すぎる人も、痛みを堪え前を向き始めた人もいる。たまたま被災地という患部に近い所にいた僕には感じれることも回復へ向けて果たせる役割も大きい筈だ。

社会が回復するまで、それぞれの立場で励ましあい、支えあえたらいいなと思う。

アメニモマケズ

帰りにサービスエリアで購入



日本赤十字社

http://www.jrc.or.jp/contribution/l3/Vcms3_00002069.html

YAHOOボランティア

http://bokin.yahoo.co.jp/donation/detail/1630001/index.html


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by asanumashoyu | 2011-03-23 23:34 | 雑記
2011年 03月 19日
東日本大震災支援報告

岩手県の陸前高田市、今回の震災で大被害を被ったこの町にも多くの恩人、知人、同業者の皆さまが住んでいます。

水や味噌、醤油だけでなく、本日も田鎖農園さんがお米や灯油(不足しているこの時期に3本も)などを提供してくださいました。

本当にありがとうございます。

陸前高田の状況①

陸前高田の状況②

陸前高田の状況③

陸前高田の状況④

陸前高田の状況⑤

陸前高田の状況⑥

陸前高田の状況⑦

陸前高田の状況⑧

町は壊滅しましたが、互助の気持ちで避難所で協力し合う皆さま、復興への意志の固さなどを伺い、我々もできることから前に進んでいこうとの決意を新たにしました。

日本赤十字社

http://www.jrc.or.jp/contribution/l3/Vcms3_00002069.html

YAHOOボランティア

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by asanumashoyu | 2011-03-19 21:41 | 雑記
2011年 03月 17日
東日本大震災支援活動報告

災害時に不足するもの、避難所の状況などは日々動いていております。日常では想定できなかったものが不足したりします。
ホームセンターの品切れ商品。こんなかんじです。
普段災害をどのように想定して、何を備えるべきかの道しるべになります。

災害時の品切れ物資

本日僕の従弟、浅沼寛之が沿岸被災地の宮古へ物資の輸送を行うことになりました。いつもお世話になっている田鎖農園さんが被災地の方へのお米を提供してくれました。本当にありがとうございます。
本日は従弟が宮古市に向かった状況を報告します。
市内を給水車が走っております。

宮古市の状況①

こんなところまで船が。

宮古市の状況②

宮古市の状況③

宮古市の状況④

ホームセンターにも船が。

宮古市の状況⑤

宮古市の状況⑥


被災地の状況はいづれも惨いものです。周りで支援の輪が広がるのを嬉しく感じております。
みんなで今できることを考え、支えあう。そうすることで心にまた勇気が湧いてきます。

日本赤十字社

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by asanumashoyu | 2011-03-17 22:15 | 雑記
2011年 03月 15日
東日本大震災支援活動報告

3月11日の東日本大震災によって食楽日和のある岩手県を含む東北地方沿岸部は大きなダメージを受けました。お店のある盛岡市は幸い被害も少なく、電気、水、ガスも復旧しました。月曜日の朝はスタッフや家族の安否確認をし、工場の点検を行いました。

食楽日和のお店ではスタッフ一丸となり、できることを始めることにしました。

被災地では燃料がないので、工場で水を沸かして20Lの液体輸送用バッグに詰め、1000L分を赤ちゃんのミルク用の水として、味噌を200kg詰めてトラックに積み込み、私が物資輸送係として沿岸に向けて出発しました。

来店したお子様用に用意していた飴もスタッフが10kg持ってきました。

現地で非難していた私の先輩の案内で、避難所の本部と打ち合わせ、被災地の避難所を7ヶ所回り物資の補給を行いました。先輩は『人生で一番喜んで貰えた納品だったね。』と。できることを考えるといてもたってもいられません。こういう時はとにかくスピードが重要、一刻も早い補給が喜ばれます。

僕の知っている町並みは瓦礫の山となり姿を変えておりました。

多くの方の安否を確認できたこと、現地の状況を確認できたこと。そしていろんなことを考えさせられました。今できることを冷静に考え、手を取り合っていこうと思います。

東日本大震災1

東日本大震災2.jpg

震災気仙沼8

震災気仙沼3

震災気仙沼4

震災気仙沼5

震災気仙沼6

震災気仙沼7

避難所でお会いできた恩人からは『水産業は全滅だ』と伺いました。沿岸で生活する方は家だけでなく仕事も奪われてしまいました。それでも、今は命が一番と考えるしかありません。家を建てるのも町を作るのも、仕事を創るのも『人』だからです。
先は全く見えず暗闇を手さぐりですが、みんなと力を合わせて人としての生き方を全うしていきたいです。

日本赤十字社

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by asanumashoyu | 2011-03-15 22:46 | 雑記